2010年08月24日

乙女の密告 赤染晶子



 乙女の密告
 赤染晶子
 新潮社


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 今回の芥川賞は、小川洋子さんが選考会の結果を記者会見していたのを見て知りました。

 しかも、コメントの中に「アンネフランク」の名前も出てきて、何事だろうと。

 タイトルも風変わりで、「乙女」と「密告」という繋がりからして興味深かった。


 「乙女」を連呼したような書き出し、講義の途中に、関係のない教授が乱入して、その「乙女」たちに課題を課す冒頭から、非常に面白いと思った。

 作品を読んでみて、構成力や読ませる力を感じました。

 アンネフランクの境遇を大学生活の随所に登場させていて、その醸し出す雰囲気は暗唱することになるアンネの日記をより鮮明にしてるような効果がありました。

 パロディのように埋め込まれたアンネフランクの歴史は、読者を1944年の「後ろの家」に誘うようです。


 登場人物も当時の関係者に重なっていきました。

 全体を通して読んでみると、パロディのようなプロットが非常に効果的で読み終えるとこの作品を構成する上で必要な要素だと気づかされます。


 いきなり出てくる「すみれ組」と「黒ばら組」の選別、これはまさにホロコーストでの不合理な選別を表しているんでしょうね。

 どこの収容所に振り分けられるか、収容所に着いたら着いたで、生かされるかガス室に送られるか、紙一重の境遇、合理的な理由などないホロコーストの現実を「乙女」たちの学生生活に投影していきます。

 主人公みか子が尊敬する「麗子様」のストップウォッチも何かの暗示に違いなくて、自分はダビデの星なんじゃないかと感じています。

 ストップウォッチが刻んだ「5分33秒12」は、数字で管理されたユダヤ人の暗示ともとれます。

 「麗子様」は、強制的な学生生活から解放されたように思えました。


 バッハマン教授とアンゲリカ人形にも謎かけがあったように思います。

 人形が誘拐されて、教授は捜索のビラをあちこみに貼ります。

 ビラに使った写真は、「去年の夏・二人で海に行った時」のもので、幼いアンネ姉妹が海水浴に行った楽しい思い出に重ねています。


 バッハマン教授を姉のマルゴーにするには無理がありそうですが、人形はアンネフランクでしょうか?

 みか子は、途中ではミープ・ヒースのような気もしますが、ラストはみか子自身(乙女)であり、アンネフランクの代弁者です。


 アンネフランクが日記(活字)でしか書けなかったユダヤ人である自分の名前を、聴衆の前で「密告」する代弁者になることもみか子に担わせた重要な役割なんでしょう。


 そして、タイトルで使われる「乙女」と「密告」。

 アンバランスで興味の湧く単語には、作者の強い意志が感じられます。

 この2つの言葉に託した思い・・・

 受賞の記者会見でも話していたアンネフランクに対する印象を現実にものに差し替えたい・・・


 この小説では、乙女たちは噂話に惑わされ事実が曲げられていく、そんな現代の大学生活とホロコーストの史実とを重ね合わせて共通の課題として、みか子に解決させるという展開です。

 名前のない密告者、それは情報(噂)に惑わされ、自分を見失う私たち自身であり、一人一人が自覚し、自立し、聴衆の前で真実を「密告」すること・・・


 乙女が語る名前−命を落とすことになるユダヤの名前を、必要な真実として語る勇気をみか子に決意させることで、作者はこの小説を成就させています。


 自分はとても読み応えがありました。

 読み終えてみると、全くパロディとは思えず、逆説的な印象になるのか、作者の強い意志を感じずにいられない。

 そんな感想になりました。


 小説の構成も確かで、読み落としている伏線がかなりあると思います。

 時間をあけて再読すると、違う何かを気づかされるような奥深い小説ではないかと思います。





posted by 雪になあれ at 23:42| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 赤染晶子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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