2012年10月04日

舟を編む 三浦しをん


9784334927769.jpg


 舟を編む


 1ヶ月以上読んでました

 辞書の編纂がテーマ、本屋大賞受賞、と興味津々でした

 なかなかないテーマで、着眼が凄いなあと思う

 「まほろ駅前・・・」や「風が強く吹いている」の時も採用するテーマの非凡さを感じていたような気がします

 辞書作りの長い時間は、馬締と香具矢の恋愛と仕事の描写、荒木と松本との絡みがあって、心地いい時間感覚として読めました

 時々辞書から摘んでくる「単語」が何だか新鮮、その音が聴こえてきそうなほどの存在感で、その辺の手腕もさすがでした

 1ヶ月も読んでいたけど、思い返しても行き詰まったり、話が飽和したりとか退屈感はなかったのは、書く力があるから

 取り組みづらそうなテーマ、辞書に取り組む長い時間は、著者の狙い通り?人が生きることと重なってきました

 辞書は生き物、いや違うか、辞書を生かすのは人そのもの

 辞書に掲載される単語は興味がなければ無味乾燥なものだけど、馬締たちの生活にあてはめて生かされる

 欠落していた「血潮」だけで、馬締たちに息吹を吹き込むくだりは大団円を迎える準備として十分なインパクト

 さらに松本先生の最期と掛け合わされ、辞書と人が重なってきて、何だか最後の数ページはうっすら涙でした 

 こんな世界もあることを知って、今は引くこともなくなった辞書を触ってみたくなりますね

 馬締のその後も気になる余韻もある作品、続編なんてあるのかないのか

 「風が強く吹いている」の時もそんな気分になっていたのを思い出した

 映画化もあるようなので観てみたい



posted by 雪になあれ at 20:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 三浦しをん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

風が強く吹いている 三浦しをん



 風が強く吹いている
 三浦しをん
 新潮文庫
 ISBN 978-4-10-116758-9
 2009/07/01

 116758.jpg

 この本を読み終わるのに相応しい場所はどこか考えてしまいました。今週も通勤電車で読んでいて、今朝、走と灰二とのタスキが繋がる場面に差し掛かりました。
 
 気に入ってしまった本は、落ち着いた場所で読後の感慨に浸りたいと思う質なので、読み終える場所探しをしてしまう・・・この本はそんな本でした。
 文句なしに良かった。

 この本の素晴らしさ、作者の書く意志、読者として感動する動機、これらすべては最相葉月さんの解説に書かれてました。
 それでも書きたくなります。

 印象的なのは、灰二が実現させた夢でした。
 同じ長屋に住んでいても思い思いの生活をしている10人を、仲間に格上げして、自分の夢に引き込んで実現させる。
 こんな痛快さはない。

 何気なく書かれているが、灰二の境遇と気持ちを考えると、その情熱に感動します。
 4年待ったこともそうだし、灰二の献身的なチーム作りにチームは団結していくことも。
 こんな展開は、好きな人は好きでしょうね。

 この本はファンタジーで、作者は「嘘」を読ませなければならないし、読者はその「嘘」を乗り越える必要がある。
 お互いにそんなことは百も承知なのに、涙をちびりそうになってしまう。
 
 やっぱり10人の境遇、苦悩、純粋な気持ちなんでしょう、そして主役の二人の情熱、目指しているモノがトドメで、グッときて応援してしまう・・・いつの間にか作者にコントロールされてしまう。
 
 限界の走りの中で、次々と10人に語らせるっていうのは、純粋に読まされますね。
 とにかく始まりから終わりまで、走ることと同じくらいそんな純粋さを貫き通した小説でした。
 そもそも10人で夢を追いかけるところから。

 最後に、
 自分は、この本を終始春を感じながら読んでいました。
 新春の箱根だから当たり前ですが、展開が「春」のイメージそのもの、春の持つ季節感をずっと感じていました。
 10人の初々しさや葉菜子の爽やかさ、風を感じる走りからも。

 話も春に始まり春に終わらせる、しかも3年後の春。
 夢のような1年から、3回分の箱根はどうなったのか。
 灰二と走はこれからも答えを探し続ける・・・なんという余韻でしょう、こうなると、読者は二人を探し続けることになってしまうんでしょうかね。

 とにかくこの本は、作者の渾身の一冊に違いない。

posted by 雪になあれ at 00:10| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(2) | 三浦しをん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

まほろ駅前多田便利軒 三浦しをん



 まほろ駅前多田便利軒
 三浦しをん
 文藝春秋
 初版発行日 20090110
 ISBNコ−ド 978-4-16-776101-1

 32175493.jpg

 魅力的なまち、まほろ。
 展開は、巧みな構成力に支えられていました。

 多田と行天のいい加減な生活、几帳面なようでいてどこか抜けている、それぞれに聞き捨てならない背景と拘りもある。

 登場人物はみなどこか怪しく揺らめいているのに、深刻さよりもほのぼのとした空気感がある。

 この中途半端な空気感を、設定された「まほろ」というまちがどっしりと受け止めているところがいい。

 東京の外れに設定したこのまちの個性を、物語のあちこちに散りばめてあって、多田と行天が持つ郷土愛にいつのまにか共感していました。

 再開発で都市化しても、娼婦が立つ路地があったとしても、市内を貫き海まで注ぐ河川の源流もある・・・簡単に風景が頭に浮かぶ、知らないまちなのに、どこか懐かしさが湧いていました。

 容易に読者に連想させる巧みな文章があったから・・・巧みな文章は、その展開に加速感を付けていました。

 理不尽な拘りに突き動かされている多田と行天の背景を、徐々に解き明かしていく、季節感を交えながら。

 巻き起こる事件やそれぞれが持つ苦悩を、多田と行天の生い立ちに重ねてくるくだりには、圧倒された感がありました。

 自分の生い立ちをいくら後悔しようが肯定しようが、自分を越えられない未熟さは訳もなく憤りに形を変えてしまう。

 しかし課題を積み上げるだけじゃなく、具体的な希望を語らせてもいる。

 木村夫妻と北村の出生に関わる展開は、多田の揺れる気持ちを表現するのにとても効果的でした。

 多田は北村に自分を投影し、自分のもうひとつの未来を体感する。
 アポロンの太陽ブレンドを飲みながら、だ。

 ここでも文章力が光っている、多田に思わず過去を吐露させるきっかけ作りとして引用したこの北村の挿話、行天とのやりとりで徐々に多田の気持ちを高ぶらせていました。

 年末から始まるこの物語は四季を過ごし、2回暦を変えて新年を迎えて閉じられました。

 自分は読んでいて、行天が姿を消し師走のまま閉じられると思いながら読んでいました、その方が効果的だと思っていました。

 最後に持ってきた行天からの贈り物、かど松の置き場所に右往左往する多田の描写には余韻があって、素晴らしいと思っていました。

 ところがその期待は裏切られ、新年を迎え、行天は帰ってくる。
 また同じ四季が繰り返されることが暗示され、まほろというまちでの日常が始まる、と。

 そんな風に終わってみると、その話の閉じ方が実は相応しいと思えてきた。
 他愛のない日常は続くけれども、何かしら希望があり、まちや人は姿を変えても、捨てたもんじゃない。

 著者のメッセージが行間に木霊しているような、静かに心に響く小説・・・そんな印象でした。

 そして今思ってるのは、「風が強く吹いている」をどうしても読みたくなってきてます。

posted by 雪になあれ at 00:14| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 三浦しをん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。