2010年04月19日

私の男 桜庭一樹

 私の男
 桜庭一樹
 文藝春秋

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 この本が話題となっていた2008年、とても興味があったのに買うでもなく借りるでもなくで、ただ多忙を理由にスルーしていたのを記憶している。
 文庫化され平積みされているのを本屋で発見して今回は手にしました。

 読んだ直後は、自分は鈍感なせいかインパクトがあまり感じられず、ただ北海道の絵画的な風景だけが印象に残った。
 幼い花が見つめる海、淳悟が「花は海から来た」という科白、島根出身の作者が見てきた海を印象的に使っているな、と感じていました。


 小説は、時間を遡っていく章立てだったので、もう一度第1章での花の気持ちや科白を読み返してみて、父娘の背負っていた生涯を何となく分かったような気がしました。
 そして自分なりにこの本の気持ちを理解してみて、とても感動しています。こんな本を仕上げた作者の構成力や気概にも感心しました。

 字面だけ追っていると父と娘、花と淳悟の背徳的な物語のようですが、自分はそんなことでは割り切れない印象を受けています。
 ある意味狂気ですが、花の毅然とした意志が読者を正気に連れ戻してくれる。

 徐々に明らかになってくる淳悟の複雑な少年時代、満たされることのない家族の記憶は、彼の気持ちに確実に隙間を空けていて、そこを花が埋めることになる。淳悟はずっと、その隙間を花で埋めたいと欲求していた。
 花を自分のものだと言い放って、ほったらかしにしている両親の墓に養女にした花を紹介したりする。
 写真に写る花を唯一の家族として記憶を蓄積した淳悟にとって、家族のつながりを成就した印象的な描写となっていた。

 淳悟がどんなことをしても花を守る気持ちは、読者に十分伝わってくる。
 盗んだ赤い傘で花を雨から守る冒頭の文章が、読む側の気持ちの中で増幅していくようだ。


 花の淳悟を思う気持ちについては、動機が不足しているような気もしたが、幼い花が初潮を迎え大人の女になったことが彼女の母性を膨らませた、と読むのかもしれない。
 もうひとつ、花と淳悟には血縁があることを暗示させていて、それを読者に認識させることも重要な布石になっていた。

 強そうで弱い淳悟に花が幼いながらも母性を発揮すること、奥尻での家族への不信が増幅していく花の複雑な心境も手伝いながら。

 そして、海をじっと見つめる幼い花の姿が大人びて感じられ、彼女の凛とした強い意志が伝わってくる。
 淳悟が「花は海から来た」というのも花の持つ母性を補強している。

 作者は、そんな言葉や自然(風景)を丁寧に積み上げながら、読者を説得し続ける、そんな真摯な書く姿勢にも感動してしまう。


 そして花が感じていた淳悟への父性と、淳悟が花に求めた母性が掛け合い、背徳とは違う印象を産み出していた。

 花が嫁ぎ、二人が暮らしたアパートから、押し入れの荷物も淳悟も姿を消して重い過去から解放されても、花は「自分の中に淳悟がいる」と感じるラストシーンは圧巻でした。

 二人はどこまでも繋がっている、二人にはお互いを包含しているほど強い絆がある。


 この本は理解しようとするほど、はまってしまうような小説で、作者の書ききった力に感動します。

 桜庭一樹さんの本は、これまでに1冊読んでいました。この本が話題になっていた頃、気になって読んだようです。
 今回、ようやくこの作家の核心の本を読んだような気がしました。非常に満足しました。

 次は赤朽葉家の伝説を読んでみたい。



posted by 雪になあれ at 22:52| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜庭一樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

少女には向かない職業 桜庭一樹



 少女には向かない職業
 桜庭一樹
 東京創元社 (ISBN:978-4-488-47201-6)
 発行年月 2007年12月

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 やっぱり小説には、原作者が見てきた風景や過ごしてきた生活が少なからず著されるものだと感じました。

 山口県下関市とそこから橋で繋がる離島が舞台、そんな場面設定にも作者の工夫が感じられた。

 書かれている風景や「雪」は山陰で見てきた原作者の記憶に重なりました、もちろん町で唯一ハイカラなマクドナルドやゲームセンターにも。

 小説は、そんな場面設定の中で、友だちとの軽快な会話とともに、ゲームに熱中するスタイルに後押しされながらテンポ良く流れていました。

 そんな軽快な雰囲気から、少しずつ暗雲を持ち込んでくる書き方に小説の巧さがありました。

 普通の中学生が、事の善悪を分かっていても、ふとしたきっかけでそのハードルを乗り越えてしまう、揺さぶられた気持ちでは抑えられない「時間」がある・・・

 読んでいて、重松清さんのエイジを思い出してました、展開が重なりました。

 中学2年生の不安定な気持ち、逆境からその不安定さに拍車がかかり・・・そんな単純な印象では括れないかもしれないけど、原作者が書こうとした課題のようなものはわかったような気になってます。

 壊れそうになる気持ちは幾度となく揺り戻され、読者は救われる気持ちになるが、なかなか物語は収束しない、それがこの小説の魅力であり著者が不安定な少女の気持ちを投影したことなのか・・・

 優しい義父の思い出があるのに理不尽な義父の行動があったり、母親への不信感、友だちとの壊れやすい感情、などなど、応えの出せない不合理を受け止めなければならない少女の気持ちは、善と悪、夢と現実、そんな相反するふたつの狭間で「揺り戻し」が繰り返されていた。

 最後の最後、ふたつの殺人を成就して下関を歩き出す葵と静香、人とのすれ違いを繰り返しながら、犯してしまった夢(犯罪)、確認しあえた現実(友情)、そんな気持ちを背負っていくふたりの未来を案じながら、この小説を読み終わらされる読者・・・

 余韻があります。
 遊び心もあって、シリアスさを緩和する効果がありました。
 その緩和は、この小説にはいい方に作用していました。
 そして作風には非凡さを感じます。

posted by 雪になあれ at 00:36| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜庭一樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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