2009年01月13日

猫を抱いて象と泳ぐ 新刊?



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 先週末に本屋で見つけました。
 小川洋子さんの新刊?だと思われる本・・・「猫を抱いて象と泳ぐ」

 タイトルを理解するのに、暫し時間がかかるところが何ともまた
 タイトルからして、著者の壮大な妄想が展開してそうです

 出版元の文藝春秋のサイトで立ち読みが出来ます。
 冒頭を少し読んで、もう満腹になりそうでした。

 この手の展開は、彼女は大好きですけど、読む側はよっぽど好きじゃないと読めないいつもの図式になってますね。

 自分はいつ読むか・・・ずぅっと先のことになるでしょう。

 それまでよそ様の記事を読んでよ、と。

 とりあえず、創作は続いているって事で。

  • 猫を抱いて象と泳ぐ
  • 立ち読み

  • posted by 雪になあれ at 23:48| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説−小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2007年11月30日

    夜明けの縁をさ迷う人々 小川洋子



     夜明けの縁をさ迷う人々
     小川洋子著
     出版社名 角川書店 (ISBN:978-4-04-873792-0)
     発行年月 2007年08月

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     この本も何だかよく分からないっていうのが正直な感想なんですが、やっぱり第1話と最終話で題材を「野球」にしていることと、その「野球」への視点の違いが気になりました。

     『曲芸と野球』では、野球をしている「僕」が、「曲芸師」を見ています、「再試合」では、「私」がレフトを守る(野球をする)「彼」を見ています。

     読み終わって、そんなことを感じてみると、やっぱりこの本は9話全体で小川洋子さんの気持ちが語られているんだ、と思えてきました。

     全9話は「野性時代」に2006年7月号から翌3月号まで毎月掲載されていた作品で、単行本化でも並び順はそのまま。
     連載を始めるときに、この9話の構想があったと考えるのが自然だと思った。

     どの作品も「異様」なんですが、小川作品を読んでいる人には「異様」ではなくて「尋常」に読めているはず、自分もそうでした。
     第5話の『涙売り』などは、小川作品としては当たり前、朝飯前くらいのノリでした。

     これらの作品群は、まさに小川洋子さんが旅している小説の世界観そのものです、ヨーロッパの混沌としていた時代への特別な思い、そこから培ってきた死生観、思い出の核にある「野球」・・・自身の記憶と想像を絡めながら書く著者のスタイルです。

     最終話に出てくる「切り株」・・・これは特別な思い出かも、なんて想像もしています。

     自身の高校時代の思い出かも知れないし、野球を始めた息子さんを観戦するときのスタイルだったりするのかも知れません。
     だから試合が終わらない(終わって欲しくない、いつまでも観戦していたい)のかもしれない。

     6話までは自然に読めた気がしてます、それは時間が普通に流れているからなんでしょうね。
     時間軸がねじれていたり、巻き戻されたりしていません。

     7話も基本的にはそうなんですが、この話あたりから徐々に小川ワールドが炸裂してきた感じです・・・遺品の「本」にそれらの行為が記されていて、その行為を本人から語って聞かされるなんて、そしてその死後に「本」を読まされることになる。

     いつその場面が活字として顕れるのか、非常に効果的な構成で小川洋子さんの力量を感じる作品でした。

     そして最後の2話は印象的です、『銀山の狩猟小屋』は山小屋の管理人の狂気の世界のようだけども、もっと違うテーマがあったように感じました。

     山を一つ越えた先にある山に建つ小屋、「サンバカツギ(産婆担ぎ?、産婆をかつぐ?)」を狩猟に行く男は外から鍵を掛けてしまい、銃を撃っていますが、それは外の世界で、山小屋の中は私とJ君の世界でした。

     外では赤子の声がして、小屋の中ではJ君に抱きしめられる私がいて、血液の匂いがします、まさにこれは「子宮」の内部のような気がしました。

     「子宮」の内部では時間が逆に流れようとしているのかな、と。
     J君が私の中に戻ろう(赤ちゃんに還ろう)としているような、閉じられた山小屋が安心感を与えているように読めました。

     「再試合」でも同じでした、どんな時間が流れているのか???です。
     ただ「私」の夢の世界だと感じました、この感覚はかつてみたアニメ「ビューティフルドリーマー(うる星やつら)」に重なりました。

     大好きな(大切な)時間の中にずっといたい、切り株に座って・・・
     応援団体バスに乗って辿り着いた甲子園の描写には、著者に力が入っていたようです。
     自身の初甲子園の描写なのかも・・・

     「私」と、67年前に甲子園に出場したときの顧問で、今は103歳の前歯が1本しかない「老人(♂)」との関係はよく分かりませんでした。
     この二人は重なっているのかな、とも思いましたが、「私」はカレーが付いたブラウスを身に付けている(♀)ので、容易には重ねられないと思いました。

     ただ大切な思い出である「切り株」は苔に覆われ、「私」の前歯も1本になっていて、時間は相当動いているはず、進んでいるのか遡っているのかは不明でしたが。

     最後の2話の構成にはそんな共通点があるような気がして、著者がこの連載で書こうとした事が理解できたような気になりました。

     自分が感じている小川洋子さんの「今」は、安定期です。
     ミーナの行進を書き上げ、最終的に書くと思われるアンネと自分の死を書くまでにはまだまだ時間がありそうです。

     全体的に母性的な印象の作品が多いことを考えると、自分としては勝手に合点がいきます。
     これらの作品の異様さは小川作品では普通ですから、というか好調そのものですね。

     そしてこのタイトル「夜明けの縁をさ迷う人々」は、少なくとも小説に登場した曲芸師やD子、イービーや涙売りたちのことだけではなく、小川洋子さん自身なんだろうな、と思ったりしました。

     小川洋子さんの創造力と構成力を改めて感じられた作品でした。
     満足しました。

    posted by 雪になあれ at 00:19| 埼玉 ☔| Comment(9) | TrackBack(5) | 小説−小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2007年11月21日

    夜明けの縁をさ迷う人々 感想B 小川洋子



    【涙売り】
     この異様さは行き着くところまで行き着いたって感じです。
     放浪、嫉妬、失うことと引き替えに歓びを得ようとする展開でした。

     著者は失う物語は何度も書いてきていて、小川洋子さんが旅している小説観の中にある作品ですね。

     感想はこのくらいしか書きようがないか。

    posted by 雪になあれ at 22:08| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説−小川洋子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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