2006年09月17日

アンネの伝記



 アンネの伝記
 メリッサ・ミュラー著 畔上司訳
 文芸春秋 1999年2月10日初刷

 
 この本は、アンネフランクの日記の時期のみならず、アンネの生い立ちから命を閉じるまで、そしてアンネの家系、ヨーロッパで起きていた全てを書いた貴重な本です。

 この本を著すための著者のエネルギーには感服しました。

 これまであまり取り上げられなかったアンネの母エーディットに関する歴史が詳細に書かれている印象です。

 これは訳者もあとがきにその印象を書いています。
 『実はアンネの母が陰の中心人物ではないかと思われるほど、母親像が全面に大きく出てきている。

 著者自身も、『はじめに』と題して、次のように書いていました。
 『この50年、母エーディットの実家ホーレンダー一族について、はっきりした輪郭が分からないままだった。・・・それを明確にすることが本書で追求した一大目標だった。

 
 本書は次の章分けの構成から分かるとおり、1944年8月4日の隠れ家から逮捕連行される様子から始まります。

 第2章以降はアンネフランク生誕から時代を追いながら、戦後を迎えることが出来た関係者の証言を織り交ぜながら進んでいきます。

 アンネの伝記 目次
 はじめに
 第1章 逮捕と連行
 第2章 フランクフルト時代
 第3章 出国
 第4章 第二の故郷
 第5章 殺人者がすぐそこに
 第6章 八方ふさがり
 第7章 隠れ家へ
 第8章 後ろの家
 第9章 死地への最終列車
 第10章 あこがれ
 エピローグ 関係者たちのその後
 ミープ・ヒースのあとがき

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 この本では密告に関する史実にまで言及しています。

 密告者の声は女性であったこと、1階にあった会社の倉庫係が隠れ家の存在を嗅ぎつけたこと、倉庫係の配偶者が夫が隠匿の共犯になってしまうことを恐れていたこと・・・

 明確に密告者だと断言は避けていましたが、これは何をかいわんや、ということでしょうか。

 
 隠れ家の8人はオットー以外、戦後を迎えることは出来なかったわけで、そこの部分はやはり救いがない、ただ各人の誠実な思いを裏付ける事実が浮き彫りにされています。

 アウシュビッツでオットーと別れたアンネたち女性3人は収容所で支えあっていたこと、アンネ姉妹と別れ一人きりになってしまったエーディットが夫や娘たちのために自分に配給されたパンを食べずに保管していたこと・・・

 支援者たちの働きにも改めて感動します、支援者の中でもやはりミープは印象に残ります。

 連行されてしまった8人の身柄を取り戻すべく、警察に赴く彼女についての記述があります。

 何という勇気でしょうか、いやいやミープにとっては勇気を出すとか決意するとかそんな動機は必要ないんですね。
 彼女にとってそれは当たり前のことで、この本に寄稿された『あとがき』でもアンネたちを救えなかった自分を悔やんでいます。


 唯一生き抜くことが出来た父オットーフランクは、これまで読んできた本でも分かりますが、温和で誠実で信頼できる人柄です。

 戦後、連行したナチ党員は判明していましたが、オットーは責めるどころか、『不当なことはなかった』と証言し、その党員には懲罰が下されなかったようです。

 何ということか・・・と自分は感じました、復讐心を持つのは凡人なのかと思いました、自分なら許せないでしょう恐らく・・・

 オットーの穏やかで公明正大な人柄は、生還してからも発揮され、戦中に関係があり生還した知人に尽力しています、ホント凄い方です。


 自分はこの本を読んでやはり救われなかった史実を辛く感じました。
 どうあってもそこだけは覆せない、これが小川洋子氏の持つ気持ちなんだと実感しています。

 第9章冒頭にアンネがヴェステルボルグまで移動する車内から見える光景に釘付けになっている様子がオットーの証言から著されています。

窓外に過ぎる光景、草地と畑、草をはむウシとヒツジに目が釘付けだった。
 夏の色彩に圧倒されていたのだ。後ろの家の裏にはマロニエの樹があったが、あれ以外の緑にやっと再会できた。
 ふたたびの、果てしなく広い空。それは後ろの家の天窓から見えた小さな切片ではなかった。
 1944年8月8日の空は雲だらけだったとしても。


 アンネの日記からよく引用される、アンネの自然に対する『あこがれ』があります。
 自分は、その日記とこの車窓の光景が重なって、いい歳して・・・でした。

 ヴェステルボルグからアウシュビッツに向う車内から外の光景が見えたのかどうか、少なくともオットーの腕に抱かれながら移動していたと思う。


 最後にミープ・ヒースのあとがきがあります、その中に印象に残った文章がありました。

 彼女は、『この場をお借りして、誤解を一つ解いておきたい』と前置きして、こう書いています。

アンネはホロコーストで犠牲になった六百万ユダヤ人の象徴だ、とはよく耳にする言葉ですが、このような言い方は間違いだと思うのです。
 アンネの生と死は、一人の人間の生と死でした。六百万人の人々のそれぞれに、それぞれの生と死がありました。
 ・・・どの犠牲者も、一人一人がそれぞれの世界観と理想をもった別個の存在でした。どの犠牲者も、家族や友人にかけがえのない価値を持った存在でした。


 
 この本の率直な感想は、よく調べ上げていて、アンネの史実を知るには十分すぎるほどの価値があると思いました。
 

 著者も訳者も、そしてミープも小川洋子氏も取り上げているアンネの日記にかかれているアンネの気持ちを改めて書いておこうと思います。

 『わたしの望みは、死んだあともなお行きつづけること!

 『わたしの最大の望みは、将来ジャーナリストになり、やがては著名な作家になることです

 そしてミープは、これらのアンネの言葉を引用し、『あとがき』をこう結んでいました。

 『アンネは、その日記を通じていまも生きつづけています。アンネは、悪と死に対する精神の勝利の象徴なのです。

posted by 雪になあれ at 00:18| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(2) | アンネフランク関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

中間報告



 『アンネの伝記』です。
 まだ・・・まだまだ読みきりませんが・・・


 資料をたどることと、関係のある生存者への聞き取りから書かれた本だと思うのですが、よく調べていると感心しながら読んでます。

 先日読んだ小川洋子氏のエッセイに書かれて(登場して)いたので、読む気になった本です。

 あとがきにあのミープ・ヒースが寄稿されていると紹介されてたので、興味が湧きました。

 物語風に書いているが、非常に史実を大切にしていて、感傷的だったり・・・していない、資料としての価値も高いのではないか。

 活字が多く(しかも小さいと思われる)、読むのが遅い自分は読み始めから一週間くらい経つけども、まだ300頁くらい。

 でも苦痛に感じないのは、よく出来た本である証拠。


 この本を読んで、自分がフランク家の事実を間違って理解している点に幾つか気付かされたので修正しないといけない。

 ひとつはミープの結婚式に、マルゴーは体調不良のためエーディットも看病のため欠席していたと思っていたが誤解だったようです。


 後ろの家での母エーディットへの不満や姉マルゴーへの嫉妬(父オットーがマルゴーを贔屓していたとアンネは不満を持っていた)など、アンネの気持ちの分析は凄いと思った。

 極めつけは、オットーとエーディットの夫婦愛に関する分析です、資料や証言から推理している要素もあると思うが舌を巻かないわけにはいかない。

 著者について何の知識もないが、少し調べてみたくなりました。
 アンネの日記のファンなのかもしれないが、相当なものです。

 世界中に、そして色んな世代にアンネの日記に傾倒している人がいるということか。

posted by 雪になあれ at 00:09| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | アンネフランク関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

アンネ・フランク最後の七ヶ月



 アンネ・フランク最後の七ヶ月
 ウィリー・リントヴェル著
 酒井府+酒井明子訳
 徳間書店
 1991年1月31日初版

 アンネ関連本を読み始めたときに、漠然と最後に読むべき本と位置づけてました。
 読んでみても、やはりそう思いました。

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 『この本は、同名のドキュメンタリー映画で行った対話を完全に再現したもの』と冒頭に著者が書いています。

 アンネと接点のある6人の女性の生い立ちから収容所での生活、そして生還までの証言集で、6人のアンネフランクと『序』に記述があるとおり、これは証言できなかったアンネフランクの『日記の続き』なんだと感じました。

 読んでいて気付いたのですが、収容所生活の記事でよく目にする文章(描写)は、この本から引用されている証言が多いようです。

 ある女性は、アウシュビッツに到着したときの感想をこんな風に証言しています。

 『そこは非常に強烈なランプで照らされ、月がたくさん出ているような錯覚に陥ったほどです。別の惑星に長い旅行の後到着し、ここには三つの月が輝いているのだと考えました。

 この『三つの月』の証言は初めて目にしたとき、強く印象に残りました。


 ヴェステルボルク、アウシュビッツ、ベルゲン・ベルゼンでのアンネフランク・・・輸送された収容所に関する証言がいくつか出てきますが、ここに記述することは出来ません・・・

 まだ元気だった頃のフランク姉妹の様子や母エーディットと過ごしている様子には、辛うじて救われる気もします。

 この本を読んで、ひとつ気がかりだったことを理解できたような気がします、小川洋子氏についてです・・・
 
 アンネフランクハウスとアウシュビッツは、『死ぬまでに必ず自分の目で見ておきたい』と書いているのに、アンネが最期を迎えた『ベルゲン・ベルゼン』については、はっきりとした記述を読んだことがない、しかも訪ねてもいない。

 この本を読んで感じたのは、訪ねることが出来ないのかもしれない・・・ということです。
 
 次の証言は印象深かった。
 『緑一本ない泥の水たまり、ハエも飛んでおらず、もちろん鳥もいない、生命とおぼしきものは何もありませんでした。花も咲かず、本当に何もなかったのです。全ての終わりでした。

 『アンネフランクの記憶』が後半トーンが下がっているように読めることも何となく理解できたような気になってきた。

 そして、これらの証言者と唯一異なるのは、生還できなかったということ。
 それだけがどこまで行っても、埋めきれない。

posted by 雪になあれ at 01:32| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アンネフランク関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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