2007年08月15日

小川洋子さんが書こうとしていること



 芦屋の街で過ごせたのは、夜のわずかな時間でしたが、何ともいえない気持ちになった。
 ここ1,2年ずっと追ってきた小川洋子さん縁の街、ようやく訪ねることが出来て特別な気持ちになってました。

 JR芦屋駅から阪神電鉄打出駅までの散策でした、普通の街でした、思っていたより駅周辺は質素で、駅前によくあるマンションもあるにはあったが目立たなかった。

 打出駅周辺は殊更静かで住居専用地域の感覚です、芦屋は六麓荘が有名すぎるけど、都市計画図を見ると市内全域が第一種中高層住居専用地域止まりだったりするかも・・・


 JR芦屋駅に着いたのが22時頃だったと思う、打出図書館までは歩いて10分くらいじゃなかったか、暗がりの中に見えた図書館は日差しの下に見たらさぞかし緑が映えた建物だろうと思った。

 雰囲気十分ですね、あれは。
 この図書館にミーナの行進に登場する司書の青年がいるんでしょうね。

 住宅地だったので長居してると逮捕されると思い、さっさとホテルに戻りました。
 帰り道、もう芦屋には来ないだろうという気持ちになってました、それはちょっとした達成感と、虚脱感。


 その感覚は、オランダを訪ねた小川洋子さんの気持ちに重なるような気がしてきました。

 『仮病を使って修学旅行さえ休むほどの旅行嫌いなのに、アンネフランクの隠れ家とアウシュビッツだけは死ぬまでに必ず自分の目で見ておきたい。』とまで言い放ち、アンネフランクハウスでアンネが触ったであろう階段の手摺りを何度も握り返したり、最後はアウシュビッツにうずたかく積み上げられたユダヤの人々の髪の毛や持ち物の遺品に圧倒されていた小川洋子さん、比較するのもおこがましいけどオランダ、ドイツを訪ねた彼女は、2度と訪れない、もう訪れることが出来ないだろう・・・と思ったに違いない。

 ミーナの行進を読んだ時、彼女はもう行き着いてしまったんじゃないか、と思わされて、これから何を書かれるのか興味があったけれども、芦屋を訪ねて感じた達成感と虚脱感の感覚をきっかけに想像してしまいました。


 これから書くことは失礼極まりないけども、あくまで勝手な私見として書いてみたい。

 結論から言うと、やはり小川洋子さんが書いていくのは『死』なんだろうと思えました、もちろん暗喩的に彼女らしい表現で書き上げるだろうけれども・・・

 その『死』はアンネフランクの『死』、それから自身の『死』なんだろうと思えました。

 ずっと気になっているのは、アンネが眠っているベルゲン・ベルゼンは訪れた様子はなく、エッセイなどにはっきり認めたものもない、『アンネフランクの記憶』で訪ねたヨーロッパのインパクトは相当なものだったに違いない。

 日記に出会ってからずっと学んでいたホロコースト、幾つもの資料を漁りアンネが理不尽な最期を迎えなければならなかった理由を探し求めてきたに違いない。

 十分理解していたはずなのに、実際に訪ねたホロコーストのインパクトは相当なもの・・・念願かなって訪ねることが出来た達成感と虚脱感は、2度と訪ねられない感情を植え付けたんじゃないか。

 ヨーロッパの旅以降、著された作品が扱った『死』は、(自分にとって)ただ事ではなかった、そんな作品群の対極にある博士の愛した数式とミーナの行進、ここが彼女の到達点かと思っていたのは浅はかでした。

 もちろん博士の愛した数式で扱った『数字』は、隠れ家で連合軍が近づいてくる日を数えていたアンネたちの姿に導かれたもの、数学嫌いとしながらそんなアンネたちの姿に数字を追い始めた著者の到達点の一つです。

 連合軍がアウシュビッツにもう数日早く到達していたら、連合軍がベルゲン・ベルゼンに後数日あれば到達していたのに・・・もう少しのところで隠れ家の8人は命を落としていた、それが彼女にとっての数字だったに違いない。


 今、小川洋子さんの気持ちの中には恐らくベルゲン・ベルゼンを訪ねる気持ちがあると思えてきた、アウシュビッツの印象から立ち直り、やはり『死ぬまでに』訪ねたいと思っているんじゃないか、最近のエッセイでは自分のことはどうでもいいような記述があって、自分の『死』について思い巡らす姿勢が見受けらる。

 常々アンネに会ってお礼が言いたい、アンネと言葉を交わしたいと語って(書かれて)いて、彼女にとって、ふたりの『死』は切り離せない。

 ミーナの行進でアンネの夢を実現させたからには、やはりその『死(ベルゲン・ベルゼン)』を受け止めようと思っているはず。

 小川洋子さんが作家の到達点として書こうとしているのは、そこなんじゃないか、もしくは作家としての使命を終えてから書こうとするのかもしれない。

 どんな形になるかは彼女自身でも想像していないだろうけど、そんな意識の中にいると自分は想像しました。


 沈黙博物館を書き終えた夕方、愛犬ラブラドールと散歩に出掛ける日常、ご主人と息子さんの身の回りの世話をする生活が芦屋にあって、自身の役割が全うできたと思えた時、もしくはもうこれ以上小説は書けないと感じた時、ベルゲン・ベルゼンを訪ねる著者がいるような気がする。

 だからといって、決して後ろ向きな『死』ではないと思う、最近彼女は『死』に恐れは全くないと書いています、『死』に前向きな死も積極的な死もないけれども、これも想像ですが、これまで描いてきた『死』とは違う、どこまでも余韻の残る感覚を読ませてくれると思う。


 芦屋に行って味わった自分のくだらない感覚で、そんなことを思いながら神戸に帰った夜でした。

 翌日、これまた初めての甲子園で高校野球を観戦し、熱い応援をする大阪のおとっつっぁんに感動させられました。

 とりあえず自分にとって得るものがあった、そんな思い出のある旅行になりました。

 甲子園から神戸に戻る途中、立ち寄った芦屋浜というのかな、芦屋のシーサイドから見えた山もよかった。

 まあ、とりあえず自分の住みたい街にエントリーしたいと思います、また住みたい街が増えました。

 自分も時間が経って、また神戸芦屋に行きたいと思うようになるでしょう。
 目つきの悪い羊、ガーデンテラスからの夜景をもう一度、それと今度は昼間船に揺られてみたい。

posted by 雪になあれ at 02:23| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 神戸、芦屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

神戸という街



 今回の神戸行で神戸界隈の特異性に圧倒されてました。
 『街』があり、『海』があり、『山』があり、自分が求めている要素が凝縮されている土地柄、『住』からわずかのアクセスで全てが叶う、そんな街でした。

 移動のほとんどが車でした。
 国道2号線で東西方向に移動、併走する阪神高速はいつも渋滞のようでした。

 初日大阪から神戸に向かうときはスムーズでしたが、たまたまだったのか・・・ナビのVICS情報は真っ赤、あれでは使えなかった。

 ただ神戸市内、阪神甲子園くらいなら下道でも十分な距離でした。
 神戸・・・東西の平坦な移動は経済の移動、南北の坂の移動は観光の移動だと感じた。

 何度も六甲山の坂を登ったけども、気持ちが高ぶってくるのが分かった、週末に六甲山を登る神戸人の気持ちだと思った。

 六甲山から見える風景は、それだけの価値があった、印象に残ったポイントが三カ所ありました。
 1.六甲ガーデンテラスの展望台
 2.六甲ガーデンテラスから宝殿インターまでの間にあったポイント(ここは正式な展望台ではなく、路肩に駐車しないといけないようで、今回は見送り)
 3.芦有ドライブウェイ上にある展望台



 唯一芦屋まで電車に乗ってみました。
 やはりその土地を理解するには歩かないと行けない。

 夜、元町駅からJRで芦屋駅まで行ってみた。
 元町駅が9時過ぎだったか、丁度残業帰りのサラリーマンとOLの姿が目についた。

 各駅停車に乗ったようでしたが、芦屋まで15分くらいか、埼玉の京浜東北線のような感じでした。

 ただ吊革や椅子の感じがJR西日本なのかなあ、なんて。

 芦屋駅周辺は既に閑散としていて、帰宅を急ぐバスやタクシー待ちの人の行列ができてました。

 そうですよね、いくら高級住宅地の芦屋にも普通の勤め人もいるはずですよね。
 南口になるのか、スーパーIKARIがあって訳もなく親近感・・・

 駅周辺の案内標識を見て、阪神電鉄・打出駅方面へ歩いてみました。
 一番見たいのは打出図書館、芦屋の街は整然としていて分かりやすい、行ってみるとすぐに場所が特定できた。

 ただ、打出駅にかなり近い(100mくらいか)のに住宅ばかりで街灯しか光の頼りが無い。
 それでも外壁の様子はよく分かった、緑が張り付いていて雰囲気は抜群でした。

 これがミーナの行進のモデルになった図書館、すぐ隣に打出公園、こっちは風の歌を聴けで登場、凄い場所です。
 
 公園には動物がいるようでいくつか檻のような囲いがありました。
 公園出口には動物を象ったようなモニュメント・・・

 図書館も公園もこぢんまりとした佇まいで街に溶け込んでいました、とてもそんな特別な使命があるようには見えない。
 この地域全体の立地が力のある作家にそんな感覚を植え付けたんだろうと思えた。

 帰りは神戸の中心である三宮駅で下車、センター街というのか大きなアーケードの中を歩いてみましたが、11時頃なのにシャッターが下りて閑散としていて、少し驚き。

 不夜城の繁華街はまた違う場所なのか???よく分からずでした。

 蛇足ですが、使えるかどうかよく知らなかったのですが、スイカを持ってきていたので使ってみると使えました、当たり前かな?

 ただ、乗車の時初乗りを取られなかったようで、そこには感心しました、JR東日本は必ず初乗りを引き落とすので・・・

 西日本のイコカ行こうかぁってことなんですかね。

 明日は仕事だ、今日はこのくらいで・・・
 また神戸感想書こう。

posted by 雪になあれ at 23:42| 埼玉 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 神戸、芦屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神戸から帰ってきました



 神戸芦屋の旅から帰ってきました。

 11日は、最後に神戸の景色を満喫するために、再度山から六甲方面に向かいました。
 再度山は故司馬遼太郎が『街道を行く−神戸散歩』で取りあえげていたのを思い出して・・・

神戸市立六甲山牧場
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 六甲山牧場はこぢんまりとしていて、これまたちっちゃい羊が急斜面に放牧されていて、人と触れ合える演出、これは子供にはたまらない。

 草を食べている羊の背景に見える神戸の海はまた格別、この六甲界隈から見える海、港、街は素晴らしく、国内では屈指の・・・(もしかすると1番!といえるかもしれない)風景ではないか。

 自分は特別な思い入れがあるので、時間が経たないと公正な評価にはならないと思うけれども・・・

 それと羊は可愛いと思うが、意外と目つきの良くないヤツですね。

 
 六甲山の尾根伝いに続くルートに六甲ガーデンテラスという食事とショッピングと眺望という観光客を唸らせてくれるスポットがあって、神戸観光からは切り離せないと思った。

 この旅行で2回訪れました、ここの展望台は人に勧めたい。

↓六甲ガーデンテラスで休憩↓
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↓この写真は芦屋方面↓
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 ここを最後に神戸を後にしました。
 六甲ドライブウェイをゆっくり走って、宝塚インターを目指す。

 京都に立ち寄ろうかとも思ったけど、さすがに疲れ気味なので通過、名神高速は神戸方面は大渋滞でしたが京都方面は快調・・・

 中央高速から上信越道経由で帰ろうかと考えてると、米原JCT手前で9km渋滞の情報、しかも名古屋方面は大渋滞・・・ありゃりゃということで、滋賀県八日市インターで下車、のんびり一般道で高速渋滞をやりすごすことに、帰りは遠回りでも北陸道にしました。

 米原インターで高速に再乗車、北陸道は渋滞知らずの高速の印象通りで快適に走れました。
 敦賀湾、美川−徳光オアシスあたりの日本海の夕景は、素晴らしかった。

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 福井、石川界隈の北陸道は何回か通過しているはずなのに夕焼けは見た記憶がない・・・いつも夜中に爆走してきたのかな。

 北陸道から上越JCTで上信越道へ、親不知付近では真っ暗になりあの絶景は見られず、残念でした。
 上信越道は走り慣れた高速、帰ってきたという気持ちになった、でも夜中です。

 途中、SAで調整しながら、関越道・花園インターを午前1時過ぎに通過、深夜割り(3割引)を適用させました。

 花園インターからの下道、一気に現実に引き戻されて神戸滞在が夢のような感覚・・・
 寝静まった深夜の高速で芦屋に行って気付いた小川洋子さんの気持ちを考えていました。

 旅行の写真でも整理しながら、今回の神戸芦屋行を記録していきたい。


posted by 雪になあれ at 17:11| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸、芦屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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