2010年05月25日

ユルスナールの靴 須賀敦子



 ユルスナールの靴
 須賀敦子
 河出文庫

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 フランス人作家ユルスナールに傾倒して、その作家の足跡を辿り、書き綴った著者の叙情文でした。
 「ユルスナール」という作家は、本名マルグリット・ド・クレイヤンクール、クレイヤンクールのスペルを並べ換えた別称です。「ユルスナール」という名の音感が良く、すぐに自分の脳裏に刻まれました。

 自分は、ユルスナールも著者も全く知りませんでしたが、二人の生涯を知るとどこか似通った印象になる、それはどちらも旅人であったという点。
 そこは誰もが容易に気づかされるポイントで、解説でもそのことに触れていて、著者がユルスナールを象徴する品として「靴」をテーマに据えたことにも合点がいく。
 「旅」、「放浪」・・・歩き続けた「生涯」の象徴として位置づけた「靴」が醸し出す悲哀があり、要所で「靴」の記憶を披露する手法は余韻を高めている。

 プロローグで著者自身が「靴」の記憶を紐解いて、序章では頼りない「靴」を履いている幼少のユルスナールを登場させる、しかもその靴には白いリボンがちょこんと付いていて、幼い故の不安定さ、脆さみたいな雰囲気を漂わせていた。「靴」をモチーフにした文章は、こんな滑り出しで始まっています。

 そんなユルスナールが、父と旅を続けることで安定した「靴」を獲得していく、生涯、ぴったりと足に合った靴を履き続けたろう、と。

 最終章で、著者はユルスナールが最晩年を過ごした北米の島を訪ねる、そこで彼女の2枚の写真を考察しながら、ユルスナールが履いているような「靴」を履きたいと結ぶ一途な気持ちに揺り動かされます。

 それは、「横でぱちんととめる、小学生みたいな、やわらかい革の靴」。

 そんな「横でぱちんととめる靴」は、実は第2章でも幼なじみとの思い出の中で引用していて、読者に印象付けをしている。

 最終章を「靴」の記述で結ぼうとした著者の気持ちが、どれほどのものであったか・・・ユルスナールの訪ねた土地を旅することで、「ユルスナールのあとについて歩くような文章を書いてみたい」願いを成就しようとした意志を感じました。

 もうひとつ印象に残ったことがあります、それはユルスナールが晩年を過ごした北米メイン州の小さな白い家でのいきさつです。
 著者がその土地に滞在した短い期間に2度白い家を訪ねる、2度目の訪問では、通常見ることの出来ないユルスナールの寝室を案内され、ユルスナールの精神に土足で踏み込んでしまい、咎められた気持ちになった、と感想を述べている。
 ここはとても印象に残った。


 須賀作品を何冊か読んで、ようやくこの作家の書く姿勢を漠然とですが感じ取ることが出来たような気がしています。
 何度も何度も校正し、読者も自分自身も納得のいく文章を提供する。 そんな徹底した意志の強さを感じる。

 本文と同様に「あとがきのように」というタイトルで加筆された文章も印象に残る、これもユルスナールの真似である旨を記述しています。
 ここには、著者の思い、憧れが率直に述べられていて、技巧的な本文との対比があって改めて感動してしまう。

 解説は、ユルスナールの代表的作品「ハドリアヌス帝の回想」の訳者が寄せていて、これも興味深かった。ここでも著者の気持ちが代弁、補強されているように読めて、須賀さんの気持ちに触れたような気にさせられました。

 この本の完成度は、あとがきと解説があってさらに高められている印象です。
 須賀敦子という才能と人柄を知ることが出来る貴重な本だと思いました。

 自分はユルスナール作品を読むことはないと思うが、須賀敦子という類い希な才能を持った日本人が憧れたフランスの女流作家はどんな文章を書いていたのか、興味は尽きない。


 次は「トリエステの坂道」、いきます。





posted by 雪になあれ at 22:33| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 須賀敦子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

ユルスナールと須賀敦子




 須賀敦子さんの文章にはまってしまいました、きっかけは好きな書き手である福岡伸一先生の著作の中で引用されていた「地図のない道」を読んだこと。

 自分は行ったこともないヨーロッパの風景を著者自身の揺れ動く気持ちとともに叙情的に書き上げていて、とても印象に残っている。
 2冊目として読んだ「ヴェネツィアの宿」はヨーロッパと日本での自身の経験を巧みに取り混ぜながら、「家族」と遠いヨーロッパでの交友を描いていました。
 
 「余韻」の残る仕上がりは図ったものだと思うが、まんまと著者が仕組んだ深い穴にどっぷり浸かってました。

 調べてみると須賀敦子という作家は、1929年生まれで既に他界しています。書き始めたのは晩年らしく、ヨーロッパで過ごした経験をベースに数々の記憶を、美しい文章に換えて残されたようです。

 今、3作品目「ユルスナールの靴」を読んでいます、「ユルスナール」という心地よい音感から興味深く、早速その「音」を調べてみると、フランスの小説家らしい。
 (以下、ウィキから抜粋)
マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar, ブリュッセル, 1903年6月8日 - 1987年12月17日(本名マルグリット・ド・クレイヤンクール, Marguerite de Crayencour))は、フランスの小説家。ユルスナール(Yourcenar)は、クレイヤンクール(Crayencour)のアナグラム。」

 付けられたタイトルからして著者の思い入れが伝わってきて、慎重に読みたくなります。

 この作家の文章にすっかり魅せられてしまい、既に「トリエステの坂道」、「コルシア書店の仲間たち」を入手しました。

 先日読んだ「ヴェネツィアの宿」の解説に紹介されていた、著者が書けて良かったとつぶやいていた4冊は必ず読んでみたい。
 あとデビュー作「ミラノ霧の風景」を入手すれば、とりあえず手元に揃う。

 それと少し驚いたことがあります、須賀敦子さんは芦屋出身、あのエリアとはなぜか縁があるような・・・
 まだ3冊目ですが、書く手法が小川洋子さんに似ている気がします。幾つもの話を織り交ぜながら、気持ちを載せてくる書き方、絵画的な叙情文です。

 とにかくこの作家、しばらく読むことになりそうです。



posted by 雪になあれ at 22:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 須賀敦子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

ヴェネツィアの宿 須賀敦子



 ヴェネツィアの宿
 須賀敦子
 文春文庫

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 生物学者の福岡伸一先生が著作の中で紹介していて、読み始めた作家で今回が2冊目になります。晩年にエッセイストになった著者は、長かったヨーロッパでの生活を回想しながら、両親の記憶をたどっていました。

 解説にこんな興味深い記述がありました。
 著者は「あの4冊は書けてよかった」と語っていて、その4冊の中に本書も挙げられています。
 それほど思い入れのある作品だったことになります。

 両親の思い出やヨーロッパで出会った友人らとの再会を、絵画的な文章で綴っています、「美しい名文」と紹介されていますが、まさにそのとり。
 著者が旅してきた異国の時間を共有できて、両親の健康の不安や友人との再会の懐かしさが実感として伝わってきて、読んでいるだけなのに一緒に感情が揺れ動いているようです。
 巧みな文章に酔わされるだけでなく、一緒に旅をしている、そんな気になっていました。

 日本で過ごした記憶から、イタリア、フランス、イギリスで過ごした記憶を連想させ展開していく、その切り替えは巧みでそれぞれのエピソードが自然に噛み合っていく構成が、読んでいて心地いい。

 特に著者自身が父親がかつて旅したヨーロッパの記憶をたどりながら、心温まる人々との交流を重ねていくエピソードがいい。

 12編のエッセイはどれも素晴らしいが、最後のオリエント・エクスプレスは秀逸でした。何とも形容のしようがなく、みんなに読んで欲しい、ただそれだけです。

 こんな読み心地の良い文章には、なかなか出会えないと思います。
 
 オリエント・エクスプレスのコーヒーカップは、今どこにあるんでしょう、どこまでも余韻が残ります。


 なお、書けて良かった「4冊」とは以下です。
 コルシア書店の仲間たち
 ミラノ 霧の風景
 ヴェネツィアの宿
 トリエステの坂道




posted by 雪になあれ at 23:52| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 須賀敦子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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